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2024年3月11日月曜日

トキめきを作ろう 〜「忘れないために」を思い出させた菓子

こうなることは予測できていた。

人は痛みを忘れるように出来ている動物、
だから、忘れない、忘れまい!という強い意志を込めたつもりだった。

なぜか数字に拘りの強い私!?
忘れたくない時を刻む、ふっこりん(復興鈴)は「時を数字で記し、風化しないやきものに刻む」というコンセプトで産み出したものだった。

2011.3.11 この日の恐怖は絶対に忘れてはならない、そう誓った日々・・

1.東日本大震災の復興を支援しようと、震災の起きた2011年の5月に「新洋軒のロイヤルライス」を復活して、義援金を集めたイベント

新洋軒のロイヤルライス

「新洋軒のロイヤルライスで昔を思い出す日」を見る(https://neo-cam.net/archives/2011/04/19-092608.php


2.翌年の2012年3月11日に、再度義援を呼びかけたイベント
「新洋軒のロイヤルライスで未来を思う日」



このイベントで皆さんが書いた思いの札を焚いた、2012年11月30日の小濁窯


3.11月30日の小濁窯メンバーで、翌年2013年3月11日にワークショップを開催。
復興鈴第一号を製作


時は流れ、2024年3月10日

”明日がその日”であることにすっかり優先が低くなってしまっていた自分を反省しつつ、精一杯、ご予約のお食事の仕事をした日だった。

ヨモギ入りのリッチなスポンジケーキに自家製のつぶあんと生ホイップを混ぜたクリームをサンドイッチしたデザートを作る最中・・

妻が、「あんこをカステラで挟んだお菓子あったよね、何て言ったっけ?」というので・・
そうそう、黄色と黒茶のストライプ!
形と味は直ぐに思い浮かんだ。

あれこれ調べているうちに、それがシベリアという歴史的なお菓子であると分かった。名前の所以から、羊羹を線路に見立てたという説がある事を知り、「来年は2本線で作ろう」などと考えながら、妻のアイディアをいただいて「トキめき」という名前をメニューに記した。

  • 上越妙高の風土にピッタリの野草「ヨモギ」(当地ではモグサと呼ぶ)と小豆のあんこは、笹団子でおなじみの出色のマリアージュ。
  • 9年前の2015年3月14日は、北陸新幹線「上越妙高駅」および、えちごときめき鉄道の開業日で、ちょうどその日に新井駅前に机を並べて作った、20150314の復興鈴が思い起こしてくれた(https://fukkoring.jp/150314
  • 銘菓シベリアをリスペクトした「トキめき」

トキめき を作ろう

ヨモギの新芽が出始めた原っぱと、茶色がかった残雪に点々と見える土・・上越の春だなぁ〜!
トキ鉄沿線の料理屋さん、お菓子屋さん、ご家庭でオリジナルのトキめきを作ったらどんなに素敵だろう♪

復興鈴を食堂にディスプレーする妻の、あのお菓子なんて言ったっけ?の一言から、
連想ゲームのようにして出来たお菓子。
そして辿ってみたら、亡くなった仲間との思い出や、決して忘れまいと誓った過去の自分、などなど・・・、様々な思いと遭遇した。

今日こそこの記事を書く日だ。そんな思いで書いた。

2022年3月3日木曜日

料理は文化づくり

見たもの、聞いたもの、そのかすかな記憶を頼りにイメージの中で料理を作ることがある

昔、私がまだ小学校低学年のころ、近くの神社のお祭りに連れて行ってもらった時に見た、焼きそばの屋台。鉄板の上で2枚のヘラを使い、手際よく作る姿。”ジャーッ”という音、もうもうと上がる蒸気、ものすごくいい香り。
その味はと言うと、家やレストランで食べるものとは全く異なる美味しさがあって、その「美味しさ」の解読のために食の仕事を抜けられなくなったと言っても過言では無いと思っている。
「この屋台の焼きそばの味はどうやったら再現できるのだろう?」
このようにして、思い出すたびにモヤモヤする「屋台の焼きそばの味」を求めて、特別な意識もないまま探求の旅に出ていた。

粉末ソースの焼きそばが、スーパーに並んでいたかどうかは覚えていない。ウスターソースの時代だ。
中濃ソース、とんかつソースはかろうじてあったような覚えがある。
家は料理屋だったので、ラーメンの生麺はあり、トンカツ用のウスターソース、塩コショウ、オムライス用のケチャップもある、とりあえずそんな所で挑戦した。
麺を茹でては失敗し、ウスターソースでびしゃびしゃになり、ケチャップを投入。
塩、砂糖、こしょう・・と、どう組み合わせても美味しくないし、味がどんどん濃くなっていく。
あの色、匂い・・。少し違う、ではなく全然違う。そして、再びお祭り屋台の季節がやってくる。それが繰り返された。

数十年たった今、この思い出を振り返ってみる。
「調味料の違いや特徴」、「美味しく感じるために必要な材料」、「旨さに対する人間の感覚」など、いろいろ学べたと思うが、それより増して、情報や出来合いのものに頼らずに、しかも長い時間をかけて工夫を繰り返した、貴重な体験からいただいたお土産のありがたさに気づくのである。
申し上げたいのは、今それを求めることが「非常に困難な社会である」ということ。

無いからこそ生まれる文化がある。いや、無いからこそ文化が生まれる

昔と比較しても始まらないことを言うが、
戦後の日本と言えば、過去の歴史と新しい文化が入ってきた時代。
道具にしても、食材にしても、食べ方にしてもそう。
ラジオやテレビ、新聞と限られた情報の中で、見たり、聞いたり、お茶飲み話で情報が拡散していく興味津々な異文化が、貧しさと、気候風土の違うそれぞれの地方において、農業や漁業という食を生産する暮らしの中で、それぞれが全て同じように地域や家庭に浸透していきようはずがないことは言うまでもない。

地域固有の文化が発酵、熟成していく。
さらに、家ごとの週間(伝統)が、家族の好み、親戚やご近所の交友の中で、楽しくおかしく、そして嬉しく作り上げてきた。それは私たちの心の中のさまざまな思い出が証明してくれる。
食の文化。これは自分たちの手を通して、自分たちに合わせて、工夫して作られることが肝心なのだ。

過去のたまたまのおかげと、黙認してよいものか

さて、今は情報があるから迷わない。そもそも苦労するまでもなく手に入る。
選択するのに迷わされるだけで、努力はもとより考える余地が無い。
そして、見た目の判断で一瞬のうちに拡散され、次々と新しいものに変わっていく。世の中全体がそのようだ。
それには大いなる希望があるため全否定はしたくないが、その一面においては、私は全く魅力を感じない。
何がいいのか、何が楽しいのか、何がおもしろくて嬉しいのか。

おそらく、だが、それを当たり前として生活を始めたミレニアム世代以降の価値観は、それでも新たな食文化を生み、担っていくのだろう。そこで、自分に何ができるのか。
過去の、面白くもへんてこでも工夫して作り上げてきた食のストーリーを文化財として伝えることか。
新たな創造の道に活かすべく機械学習に加担すればいいのか、そうでなければ、ただ食い物にして自分ひとりの思い出として墓に持ち込めば納得か。

これだけは伝えたい。
料理は文化づくりである。そして料理人にはその使命がある。
どのように作るか、伝えるか、は人それぞれであるが、決してあきらめず、研鑽し、精算したら社会が半歩でも前に進んでいけるようにしなければならないのである。
人口減少も、コロナも、気候変動による世界的な食料危機も、そして未来の食文化の懸念も含め、自らに戦おう。

2018年4月21日土曜日

よもぎの仕込みで、働き方改革とか環境問題とか生産性の向上とか・・

よもぎの仕込み

収穫について

キッチンのすぐ近くです。遠くに取りに行ったりする必要ありません。フードマイレージゼロは大切なことです。ほのぼのとした山菜採りは、環境にも優しいと思います。



今回は芽先の柔らかい部分だけです。
長く伸びたものでも、先端か、柔らかそうな葉を摘めばいいのですが、香りが一番いいのはこの時期だと思います。「フルーティな爽やかな香り」がします。

また、この時期を逃すと虫がついて、掃除が大変です。
春の芽は汚れが少なく、丁寧に取ればそのまま茹でられ、時間も水も節約できます。



スーパーの袋で軽く2袋。2人で1時間弱かかりました。

茹で方

直ぐにお湯を沸かして重曹を入れます。
泡の立ち方で重曹がどれくらい入っているかお分かりかもしれません。
ほんの少しです。

重曹を入れる理由は、色を良くすることと、組織を崩して柔らかくするためです。
ぐらぐらと沸騰していることが大切です。



ひき上げるタイミングは時間ではありません。
今回は柔らかく、香りよく。
茎を指でつまんで簡単に潰れる程度で引き上げます。
食べてみても葉の繊維は多少残りますが柔らかく美味しいです。



水にさらして1時間。もともとそれほどアクっぽくなく、直ぐに処理します。

擦り方

私のよもぎ料理は、笹団子にするか、ムースのようなものか、シフォンケーキやクッキーのような焼き菓子に混ぜる使い方です。
どれもよく潰れていたほうがいいので、細かく粉砕したいと思います。

私が使う「スムーザー」はミキサーよりかなり細かくなります。しかも短時間です。
すりこぎではやりきれません。



食品流通の分野の「コールドチェーン」について

コールドチェーンは、食材が収穫後直ぐに冷却し、消費者の手に渡り、加工するまでの間常に常に低温状態を保つことで、鮮度や品質を向上させる効果があります。
野菜の場合・・
《収穫後直ぐに集荷し洗浄冷却 → 箱詰 → 冷蔵 → 冷蔵車で移送 → 市場で売買 → 冷蔵車で移送 → 小売店で販売 → 消費者(業者)が購入 → 加工》
この間ずっと低温を保つ必要があるということです。
温度が上がったり、時間が経過するととたんに品質が落ちるためです。

私のよもぎは、収穫して直ぐ茹でてさらし、粉砕後直ちに袋に入れ、真空をかけ、ブラストフリーザーで瞬間凍結。
このシステムのおかげで、収穫からこの姿になるまでおおむね3時間でした。
さらにストレスが無く、高品質のものが充分できました。



これからの時代の食

安くてそこそこの材料を仕入れることをこれまでやってきましたが、それもそろそろ時代遅れではありませんか。

エネルギーの節約、時間の有効活用、生産性や品質の向上、地域内循環、それによって地方の課題を解決していき、互いの地域が支えあう。ここにしかできないことはこれなんだ、というものを示していく時代ではないでしょうか。
食もそうした位置づけにありますね。


2018年3月19日月曜日

妙高 生味噌(KI-MISO)プロジェクト「経済循環と顔の見える関係を地域ぐるみで復活!」

(現状)

  • 市内では数店となってしまった老舗の糀屋=味噌屋(姫の森糀店、太田醸造所、竹内糀店等)だが、かつては城戸(姫川原)、大森(白山町)はじめ多くの糀屋があった
  • 農家は自分で育てた米を提供したり、代々受け継いできた大豆を近くの味噌屋に持ち込んで、味噌を作ってもらっていた(物々交換の場合もある)。豆を煮上げて麹や塩と混ぜた、未発酵の「仕込み味噌」を家まで運んでもらい、樽に詰め発酵熟成させた(地域内循環・顔の見える関係)。JAの「仕込み味噌」は袋詰や樽で購入し家で発酵させる。家で発酵させると樽や熟成の環境により家の味となる。現在は少人数世帯が増加したため味噌を仕込む家は減少した。
  • スーパーなどに並ぶ小分けの味噌は効率重視(大量生産、安い原料、流通の効率化、時短発酵、加熱処理による安定化等)で低価格のものが主流。加工食品に利用する味噌の多くはこれらによる。
  • 非加熱の味噌(生味噌)は菌が活性化しているため、温度による影響が顕著で、そのような商品を店に並べる場合は要冷蔵となる。
  • これらにより全体として、一般の方が口にする味噌(加工品含め)の殆どは工場生産で均質化されたものと考えられる。毎日消費されている味噌の原料が遺伝子組換えの輸入のものであったり、市外県外のものである可能性も高く、それぞれの家庭の味が失われてきていると考えられる。

(自家製の味噌作り)

  • かつて多くの農家は家で味噌を作った。豆を柔らかく煮て麹や塩と混ぜ、樽に詰める仕込み作業を「味噌煮」と呼ぶ。農作業の合間の秋仕込と春仕込があり、味噌煮はそれぞれの家のやり方がある(味噌煮が終わると「春山越えた」と言う)。
  • 一夏を越すと発酵が進み食べられるが、2年〜3年継続して発酵させるのは自由賞味期限はない。長期熟成は塩が枯れ、渋みが増し色が濃くなる。
  • 味噌屋は減ったが、家で豆を煮て、購入した塩と麹を混ぜて作る家庭はまだ存在する。集落の共同活動で味噌作り(麹作り)をするところもある(大濁や長森、矢代等)。
  • 麹作りはプロの仕事とは限らない。コツを覚えれば家で麹を作ることも十分可能。

(自家製の魅力と多様性)

  • 自家製の麹は「古米の活用」(エコ)や「好みに合わせた発酵度合い」「麹を使った様々な料理や調味料にも惜しげなく利用できる」など良いことづくめ。味噌は、原材料(豆、塩、米麹)の選択や配合、さらには保存方法により味が大きく変化するので、拘りを持った味噌ほど多様で個性的な調味料となる。(手前味噌)
  • 自家製の味噌はわざわざ加熱処理をすることは無いので、自ずと生(なま)味噌である。一番の特徴は香りが良い事。続いて発酵を自然に任せているので味が一定でないことなどがある。

(味噌の楽しみ)

  • 味噌煮は家族(仲間)総出の食のイベントとして仕込む過程も楽しめる。
  • 味噌を樽に詰める際に留め漬け(塩漬け)にしておいた野菜を入れておくと、使っていくうちに味噌漬けが出てくる。味噌自体の味は落ちるが家庭では楽しい保存食となる。
  • 妙高には昆布巻きの味噌漬けという伝統食があるが、料理によってノウハウがあり面白い(茶漬け、油炒め、笹寿しの具など)。

(料理のトレンド)

  • 麹は健康食として注目され発酵食ブームにより、味噌作りのワークショップ(ハートランド妙高等)や甘酒(鮎正宗酒造や太田味噌醸造所等)、塩麹といった食品が幅広い年代にうけ、健康志向のかたに支持されている。
  • 麹を使ったスイーツやご当地カレーといった創作商品もあるが、地元に根ざした食習慣の中に多くのヒントがある(様々な味噌料理)。昔の味噌作りは煮た豆を潰して丸め、玉にした大豆を座敷に藁で吊るし、カビさせて味噌を仕込んだという思い出話を地域の方から聞く。昔の家の造りならではだが、それほど家と食が密着していた。
  • 国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産へ「和食」が登録されたが、和食のルーツは地方の郷土料理であり、人々の暮らしや風土と結びつきの強い地方の食こそ次世代のクールに位置づけられるものと考える。

(「身土不二」でSDGs … 持続的な開発提案)

  • 市民参加による農産物生産→米、大豆(可能な限り減塩・オーガニック)で地元業者(団体)が味噌を作る※。→「妙高生味噌(KI-MISO)プロジェクト」(※または、地域運営組織などが受け皿となり、クラウドファンディングやファンドレイジングなど社会が支える仕組みを活用)
  • 妙高生味噌を使用した料理の販売(外食・中食、給食。味噌汁、味噌ラーメン、豚汁、ふき味噌のような嘗め味噌、味噌漬け、魚・肉の味噌漬け…)
  • 味噌を通して、地産地消の経済循環と健康の維持、中山間地の環境保全、食文化の保全・発信、コミュニティ作りを地域ぐるみで支える仕組み(づくり)として発信する。
  • このようなシステムに学校、CCRC、インバウンドを導入する。ソーシャル・キャピタルの育成に繋げる。関連キーワード:「ユネスコスクール」「スマートミール」「SDGs」など。

2016年9月24日土曜日

アンゼン と シゼン

給食調理や大量生産の食品工場ではこれまで、O157やノロウイルスによる食中毒が発生する毎に、その安全性を確保するための衛生対策を強化してきました。大量調理は事故が起きた時のリスクが大きいため、さらにそれを徹底することになります。
一方、免疫力の低下によって病気になりやすい人が増えてきたと言われます。またアレルギーに悩まされる現代人は増加傾向にあります。

人の身体には100兆以上の菌が生きているそうです。悪い菌から身体を守ったり、消化を助けたり。この菌無しでは人は生存していけないと言われます。菌との共存はとても自然な姿だと思います。
そして私達は、「自然=(イコール)安全」でないことは誰もが知っています。
むしろ危険を理解して、それを無理やりコントロールしようとするのではなく、それとのバランスのとりかたを工夫しゆるやかに協調する所に、生き物としての自然な姿を求めるべきではないでしょうか。
何者かに頼りっぱなしは良くないですよね。病気にかからないような健康管理や丈夫なからだづくりは、自分自身が努力すべきところなはずです。

「化学的なものはよく効くけど寛容性が無いなぁ」と、いろんな場面で実感します。成分が純粋過ぎるせいだと思います。天然のものは色んなものが混ざっているからこそ良い(強い)。国際化や人口減少社会となる、これからの暮らし方においても大事なポイントだと思います。
食べ物に限れば、季節のものや野菜をたくさん食べたり、人工的な添加物や調味料を使わないか、なるべく減らした食生活が、これからの健康と幸せのカギではないかと思います。
キホンは、昔はあたり前だった手づくりの家庭料理ということです。

2016年1月27日水曜日

学校生活における給食は料理ではなく営みと言えるもの

日々世界中でつぶやかれる「おいしい!」。それっていろんな意味が含まれている。
おいしいと感じるのは人間の脳だけど、空腹を満たした。冷えた身体が暖まった。食感に驚いた。食材のストーリーに感動した。友達と一緒に食事ができて楽しかった。自家製の味噌が料理になって嬉しかった。・・・・味が好みに合ったというだけのおいしさではない。
昨日のことだった(2016年1月26日)、私は市内の小学校へお邪魔し、5年生が育てた米で作る料理レシピの試作会のお手伝いをした。
ピラフとチャーハンとカレーの3種類を作る。
午前9時30分、3クラス全員が集合して本日の目的や計画を共有した後、調理実習となる。
先生は全体の流れを見ながら授業を進めていく。生徒は4×3班に分かれ交代で下ごしらえと加熱調理を行う。作業の内容で出来上がり時間に差はあったものの、お昼前には無事出来上がった。
教室で試食となり、料理はこちら。
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手前からチキンカレー(これは単味のスパイスを調合するところから作った)、チャーハンのバリエーション1チーズのせ、チャーハンの2チーズ入り、ピラフ、チャーハンの3キムチ入り
どれが一番おいしかったか?というと、優劣がつけがたくどれもおいしい。料理の完成度やコストのもっと以前に、みんなで作った喜びがそこにあるからだろう。
では「みんな」って誰のことだろう?
私は米を作ったわけでもないし、レシピを考えたわけでもない、材料を買ってきたわけでもない。ただ試作の時間に、料理がちゃんとできて、少しでもおいしくなってきちんと後片付けをするようお手伝いをしただけ。それなのにちゃっかり「みんな」の仲間入りをしている。
そこで思う、この地球環境を守る一翼を担い、一次産業を支え、一消費者として日々を過ごしている。その社会構成に参加しているとしたら、世の中で作られている食べ物の中に不味い料理なんて無いのではないかと・・・。余談っぽくなってしまった。

米料理の試食会は給食へと続いたが、そこにも感動が待ち構えていた。
村シェフもどうぞ。ということで、私も予期せず給食をご馳走になることになった。
実を言うと料理が仕事になってから、学校給食のあり方について考える事がしばしばあった。一つは食器、あと一つは献立である。現状についてとやかく言いたいのではなく、自分が給食を食べていた当時を思い起こしながら、こうあるべきだ、のようなものが漠然とあって、そのためにも実際の給食を体験してみたいという願望があった。
リアルな体験をさせてもらえるチャンスが突然やってきたというわけだ。子どもたちの中にポツンと入って正に自分が子どもになった気持ちになって。これが興奮せずには居られない。
そしてここでも新たなおいしさと出会うことができた。
この大勢の仲間たちと食べる食事は楽しいの一言。今日のメニューはスコッチエッグとコルキャノン、ABCスープ、米粉パン、牛乳。給食週間の2日目というラッキーな日だったようだ。
『世界の味めぐり〜いろいろな国の料理・食文化を知ろう〜』イギリスの料理の日である。
しかしながら、これが本格的なイギリスシェフの味に近いのか、イギリス食文化を適切に伝えているかなど愚問である。
味付けは程よい薄味でどれも適切に調理されていたが、献立表を見てさらに感心した。季節や習慣を取り入れ、栄養の説明、カロリー、そしてテーマの説明まで。これって現代の給食では当たり前のことなんだろうか?
子どもたちがたいへん恵まれていると感じ、学習と食事を含めた学校生活というものにさらなる期待感を持つことができたこの日の経験に感謝の一言である。

なぜこれほどまで給食がおいしかったか。それは、午前中の学校生活を子どもたちと一緒に過ごしたからに違いない。私は半日、40年を遡って新井小学校生のように学舎での営みに参加していたからだろう。
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2015年10月1日木曜日

地給地足のこと。地域で産出するもので事足らす

豚肉加工品作りは、添加物や調味料の使い方が勉強になるため、日常的に食べているものがどの程度(安全性や品質)のものなのか納得できます。
塩の量や油の量も、計器などでは測れない、人間の身体や料理にとっての「必要性」が見えてきます。

自分で作るから安心安全では必ずしもありません。
そして突き詰めて行けば、この動物の飼料は遺伝子組み換えだ。とか、調味料の砂糖はどうせF1だ。とか、なります。
放射能とかいう憎き汚染は想像の外です。

私は「地給地足」。すなわち、地域で産出するもので事足らすことではないかと思います。
欲は人を成長させるものかもしれませんが、同時にそれを破壊してしまうものでもありますよね。内に向かうことも大切なのです。


2015年8月19日水曜日

思い出と文化 イナゴの佃煮

【イナゴの佃煮】

1)捕まえたイナゴは風の通りのよい網に入れて涼しい所で一晩放置。(フンを出します)
2)さっと茹でて水をきり、鍋で乾煎りします。(焦がさないように香ばしく)
3)後ろ足を付け根からと、羽根を手でとります。
4)酒、醤油、味醂、砂糖・・お好みの調味料で甘辛く煮て、汁を煮詰めます。

◎私は出汁を少し入れました。煮る時は一気に煮詰めずに、一度調味料で煮て自然に冷ましてから再び煮ました。

イナゴを捕まえたのも自分で作ったのも今回初めて。子どもの頃にいやいや食べた味の記憶をたどりながら作ってみました。

「こんな気持ちの悪いもの一生食べなくていい!」

実はそう思っていましたが、菅畑で元気に跳ねているイナゴを見た時、これはきっと身体にいいし、美味しいに違いない!
無性に調理してみたくなったのです。


炒って羽根をムシったあたりから、美味しそうな食材に見えてくるから不思議。
そして味がしみてくると、こわごわだけど味見をしてみたくなる。一つつまむと・・・うん、美味しい??
半信半疑ながらももう一つ・・・結構イケる!!

思った通り。美味しかった。




山菜や野の草、川魚やタニシや沢ガニを食べるのと同じように、里山の身近にある食糧を食べる。また一歩地域が近くなってきた気がします。
機会があったら、私と一緒に体験してみませんか。

※昔食べた記憶では後ろ足も付いていたし、羽根もあったと思います。それがまた気持ち悪い要因だったような気が。大量安価に作った輸入物だったのかもしれません。
自分で手に入れた安心な食材を丁寧に作れば、虫を食べるという客観的な思考から遠ざかっていくのが実感できます。
そしてまた「気持ち悪い」という感覚の脆弱なこと。
冷静に考えてみれば、海老もイナゴも似たようなモノじゃないかとか、動物の内臓のほうがよっぽどグロテスクじゃないかとか・・。むしろこんな発見と充実感をいただくと、是非とも日常化していきたい食文化、というふうに思えてきます。

思い出はアウトプットすれば文化なのだなぁ。

2014年12月20日土曜日

地域と人の縁。おせちは美味しさよりも嬉しさがそこにあります

振り返ると2014年は、様々な分野での講座、講演、ワークショップの仕事をこなした年。
子どもさんからお年寄りまで、そして学校のボランティアから企業のコンサルティングまで依頼をいただき多くの方とご縁ができました。
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本日の講座「おせち」を進めながら思いました。
1年で最も重要な節句である、元旦にいただく料理のおせちは「その年の暮らし方そのもの」です。
春、雪解けが早くて採るタイミングを逃してしまった山菜のこと。
空梅雨と夏のじめじめでタイミングが難しかった、かんぴょう干し。
深山の仕事のお陰で、たっぷり拾った胡桃。
栗や柿が豊作だったなぁ〜とか、いただいた大蕪で千枚漬けの作り方を習ったこと・・・などなど、年末の料理の素材は思い出がつきません。
そして皆さんも、その年のお付き合いによって、食べ物のいただきものが変化したりしませんか?
田舎は特にそうなんだと思いますが、私はそれこそがおせちだと思います。

自分や家族がこの1年どのような暮らし方をしてきたか、お付き合いを大切にしてきたかを、歳の瀬に料理作りで振り返ることができる。これは主婦の役得です。

料理屋さんや専門家が作るおせちは豪華で美味しいものですから、忙しくて用意できないかたはご利用ください。但し、少しでも家の手作りのものをそこに加えてて欲しいと言うのが私の考えです。
メニューには、自分が好きなもの、家族の喜ぶものを入れましょう。それによって変化していく日常と家族、地域との繋がりを見つけ易くなります。

本日は、普段料理を作らない方のために、最低必要なタイムスケジュールや調味料のリスト。定番のおせちの手順に加えて、妙高らしさと村シェフらしさをプログラムに盛り込んでみました。
  • 郷土料理のサメの煮こごりは、トヨ型に入れて。
  • 大量生産ではできない煮菜の作り方。
  • 鶏肉ロールはハムのようにマリネしてから合理的に蒸して作ります。
  • 黒豆はシワの寄る、昔ながらの味のレシピを紹介(これは関東風らしいです)
  • サーモンのナマスや、テリーヌ風かまぼこ。お得意の塩鮭の頭の昆布巻き。 などなど。
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おせちは、家に伝わる伝統を作り続ける必要は無いと思います。
一生懸命暮らしてきた1年を大切に、自然に身の回りにあるものと、自分の作りたいもの。家族の喜ぶもの。そしてお客様に喜んでもらうものを作りたいと思います。
そして昨年のおせちはどうだったかな?と振り返り、家族がどう変わって行ったか(旅だった人、仲間入りした人…)思いを巡らすためにも毎年作り続けたいものです。
写真に撮って他人とシェアは二の次で・・。

「1年の計は元旦にあり」と言いますが、私はこう解釈するようになりました。
おせちは1年を振り返るためにあって、その成果物ではないかと。
そして新たな1年で最も大切な元旦に手作りのおせちを家族で囲みながら、「この1年はこんな年にしたいね」と思いを語る。
忙しくて出来合いのもので済ませた時は、一生懸命仕事をした年なのでいつか充実した時代(とき)がやってくに違いないと思います。
地域や人との繋がりの多い食材で囲まれている時は心から感謝でき、幸せに思えます。
そして創造的な今年の計画を企てます。
するとおせちは1年で最も大切な料理、と考えることができませんか?

こんなおせち作りに、3か条を考えました。
1.自分らしく作る。
2.家族やお客様の事を思って作る。
3.昨年を思い出しながら作る。

何の強制力もありませんが、以上が私が伝えたいメッセージです。

2014年11月25日火曜日

祭の後は見通しよし

私の中のお祭りが終わりました。非日常の、そして新しい取り組みに対する挑戦。それこそが私のお祭りであり仕事です。
振り返ってみると、地域とも、それぞれの方ともそれなりの接点がありつつも、全てが手探りの中で行われたこの事業、日々変化する状況でリスク回避をどう予測するかが私にとってはゲームのようでした。

人との接点の一つはSNSです。
世の中の繋がりかたは変化してきていますね。今回のこれこそ今の流れなのではないかと。
「地元のかたがもっと参加できるとよいと思う」・・反省会で出た言葉ですが、実はこうした思いはなかなか反映しにくいもの。また、どこまで物理的なご近所を巻き込むかは、プロデューサーのビジョンとセンスに頼るところが大きい。・・は、「地域」をテーマに取り組む活動の中で経験する、苦楽しい部分です。
しかも、これからのブレインは個々の力量を実に多彩に表現できる。
まるで農業の6次産業化のようです。

SNSをバーチャルと思っている人はもういないでしょう。現実にエリアや時間の壁を取っ払おうとしています。
この現実の社会をも作っている仕組みとどう向き合い、デザインしていくか。またいかにしてそのデザインに参加するか。
面白い世の中に感謝して止まない日々が続きそうです。

2014年10月28日火曜日

おもしろいは伝えるより味わうほうがおいしい

結局のところ・・どんなに美味しいものも、食べている本人しかその味は解らないわけで、
どんなに美しい写真や映像も、どんなに巧みなコピーによって伝わった気になっても、自分の舌やお腹には何の刺激も与えられてないんだ。

 難しいからと言って止めてしまう人。はなからやろうともしない人。
それも好みだから他人の選ぶ事に何も言いたくない。

但し私はこんな面白いことはどんどん人に伝えたいし、なぜなら、頭だけ働かせて「へ〜」と、好奇心だけで 済ますのではなく、実際に身体で体験してみて欲しいと思うのだ。

▼これは2つとも同じロクロの作品。しかも同じ窯から出てきたもの。左は無釉の灰かぶり、右は白化粧。
棚板一枚の差で天と地ほどの別の人生を歩むのかなぁ・・と。

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▼熾で焦げて自然釉がたれるほどついた徳利。
この窯では大きく2種類の薪を使った。下層に乗っているのはあそこの松だな、上層の色はあそこでいただいた杉だな。

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▼窯中段これは思うように白くならなかった猪骨灰入りの藁白。
厚くたれたところだけ淡雪のようになっている。あの時食べた猪の骨。Kさん擦り方あまかったけど大丈夫だったみたい。 

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▼この固い釉をバッチリ溶かしてくれた薪は凄い!Tさんが焼いてくれた籾、未だに役立ってます。
しかもこの斑点は砂鉄混じりの小濁の土。細かいメッシュを通したあれだ。 

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▼この色は大好きです。カオリンを入れたマット釉。ベースはNさんの雑木灰に鉄を更に足す。還元がかかると見事に青鼠色。
強度は弱いけど自分で掘った土ならではの表情が出てくれる。 

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これらの全ての作品、つい先日同じ薪窯から出てきたもの。
花を入れて飾ったり、料理を入れたりしてみたいが、きっと一番美味しく感じるのはやった本人なはずだ。 

2014年6月25日水曜日

大抵の人が気付かないことは本当の美味しさと言えるのだろうか

毎年行っている地元素材の焼きもの。今年度は「小濁焼講座」として実施している。
焼けるかどうかも解らない、どんな色かも解らない、焼いてみないと解らない材料を集めてきて失敗も含めて楽しんでいる。
いや、多くの失敗の中から成功を探す作業。失敗すらも成功にしてしまう作業と言ってもいい。(小濁焼講座2014:土研究その2(結果)と釉研究報告

プロは失敗は許されないとよく言われるが、思い通りの焼きものをこの条件で作るにはかなりの危ない橋を避けまくって通るか、割りきって成功率を1%でも上げていく様々な経験を積んでいくしか無い。・・の世界。

私はこんな葛藤の中でのものづくりが大好きで、それを乗り越えると必ず至福を味わえる時間がやってくる。私にとってはこれが正に美味しい経験なのだ。


皆さんはどうなのか?と思う。
本焼きして10%しか縮まない新しい土を見つけて感動すること。
あの時味わった猪の骨で安定した乳濁が起きた釉の美しさに見とれること。
さらにこれらで作った器で料理を盛りつけた時の喜びなど・・。

こんな価値を共有できるには実体験しか無いだろう。だから皆んなで一緒にやりたい、に繋がるのだろう。
大抵の人が気付かないことは本当の美味しさと言えないのかもしれない。
しかし分野は違っても同じような経験をもっている人に逢うと何か通じるものがある。そんな人ならこの美味しさをきっと解ってもらえると思う。

2014年5月27日火曜日

今自分はどこに立っているか。地域の祝の宴席料理作りで

例えば日本料理とか、フランス料理とかに拘り、昔ながらの料理法や食材に囚われるがあまり、決めつけたものしか作ろうとしないとしたとしたらそれはプロとして怠慢な事だと思う。
出汁のとりかた、魚の捌き方、材料の組み合わせ・・。新しいものを取り入れる事ばかり先行して、食材や料理法、スタイルをとっかえひっかえにアレンジして気を引くだけの料理だったり、形や盛り付けを工夫するばかり中身とのバランスに欠く料理。これらは、頭が作ってしまった料理だ。

料理を食べるのは人で、食材は土から生まれてくる。
食べ物は美味しいものであって、その美味しさをどうやったらもっと引き寄せられるか。
それを料理と呼ぶのではないだろうか。
当たり前の事だが、旨いと感じさせるもので伏せ込んでしまった物は食べ物であっても料理では無い。料理の模造品と呼ぶべきか。

食べる行為は正にリアルで、過去の経験や記憶もひっくるめてその場所、その瞬間に身体と一体化するもので、そこにある殆どのものは「美味しい」という感覚に集約される。
どうやって料理されたか、何という料理か、一瞬のうちに吹き飛んでしまうほど、美味しくなければどんな工夫も意味を失ってしまう。

相撲や剣道が試合の始めに蹲踞(そんきょ)という姿勢をとるが、私は料理にとりその蹲踞にあたる部分が地域だと思う。
これからどんな試合運びをするか、心をリセットしてその瞬間からスタートするのである。地域のコアは自分だと思っている。自分と周囲との関係、そして何処までが地域かはそれぞれの持つ性格やアイデンティティによるものではないか。
広ければいいというものでも無いし、勝手に区切ってしまうものでもない。

学ぶこと、経験すること、挑戦すること、それぞれ大切な事だが、失ってならない事は今自分が何処に立って何によって生かされているか、生かされて来たかを感じる事である。
人や自然との関わりがあって、その土地の文化があって、その事を忘れて何の美も生まれてこない。
それが私のやりかたである。未熟で完成することなど有り得ない。
それは地域というものに限りが無いからだ。

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豆腐をウワミズザクラの塩漬けと生ハムで巻く

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弁当箱は北陸にご縁の方より受け継いだもの

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旬のもの、地元のものが全てではない

ゆかたはた・あざはた

新潟の海では決して採れない魚だって私の地域

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器を焼くところから料理に向かうことは表現の一つ

2014年4月23日水曜日

おいしいものと食べれるものの境

他に食べるものがあればわざわざ食べる事も無いのだけど、道すがら「あ、なんか食べてみようかな〜」って思ったものを口に入れる暮し。

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きっと気持ちに余裕が無いとやらないし、歩くことすらしなくなっているとそんな感覚も鈍ってしまう。
こんな価値観も失われていってしまう。
そんな気がする。

このフキノトウを食べる時、山で食べ方を教えてくれた数名の人の顔と、その場所を思い出す。
「おいしい」が伝えるものはいろいろなんです。

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2014年1月4日土曜日

村越惣次郎の思いは「消防」。人生の節目に見つけた祖父の生きざま

シーズンオフの身辺整理を気取って、過去2年間の仕事と市民活動10年で溜まった資料の整理をしながら新たなフォーマットを作っている。

新洋軒という店を閉店したのが2001年。なんぶルネサンスを創設したのが3年後の2004年、同時に市内の片田舎楡島の旧保育園でねおかんぱーにゅ南部を始める。
5年後の2009年小濁に拠点を持つ。それがアルネ小濁でキルンパークの建設が始まる。
平成25年度(現年度)は、なんぶルネサンス10周年になる。年齢で言えば10歳。私は50歳を迎えていたが、この年にスタートした「復興鈴」と「水と薪学園」はこれまでの活動の集大成だった。

10代=音楽、20代=料理、30代=コンピュータ、40代=やきもの・・10年周期の活動の変遷である。
やきものと並行した市民活動の10年間は世間の注目も大きかった。避けてあった新聞の切り抜きをファイリングするとおよそ100件になり、その他にテレビ等の取材や執筆もあるので、ならせば1ヶ月に一度はマスコミに取り上げてもらったことになる。

店をやっていいた頃は地方紙のグルメ取材はたまにあったが、さらに昔メディアの数も乏しい頃に撮ってもらった祖父のこの写真はさぞかし貴重だったに違いない。
子どもの私にはいつもこの笑顔を向けてくれていたが、職人気質の祖父はたいへん怖い親方だったらしい。

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祖父 村越惣次郎は、昭和47年(西暦1972年)の「広報あらい」の取材を受けていてその時の写真と聞いていたが、その原本を昨日の片付け中に発見し記事に目をとおすことができた。
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『消防ってのは私の生命でさぁ』 -- 村越 惣次郎さん(73)

火事のサイレンが鳴ると同時に店員も奥さんも走る。裏へ、座敷へ。あたふたと消防服を着終わる頃には、自転車も長靴も出勤準備完了。
「天皇陛下から勲章をいただくとき、感激して涙がでて困りました。古い人間なんでしょうか」
大正八年。徴兵検査で第二乙種合格「つまりお前は兵隊にはなれないということ」「肋膜でしたが、つらかったです。でも、戦争はいやでした。なんとか男としてやれる仕事はないか」と、男の名誉をかけて消防組へ入れてもらった。
バレンとトビ口で火を消す破壊消防から手あおりポンプへ。
蒸気ポンプは火事場へすっ飛ぶ道中、石炭をたいた。「南風に火の粉を飛ばしてね」。
静かな語りから手先が大きく揺れる。若い頃の血がうずくのか、パッパッパッとテンポの早い語りになってくる。
肉屋へ小僧奉公したこのが十四歳のとき。年俸十円也。二年後、洋食に魅せられて横浜へ。酒もたしなまず、馬車馬のようにかせいだ。
二十二歳のとき店をもった。「建物にペンキを塗ったら見物にきたほどです。トンカツ二十五銭、コーヒー五銭でした。」
ハイカラ青年は班長から副団長へ。新井の消防の歴史にずっとこの人の名がでてくる。
町役場にトラック一台しかない終戦直後「消防自動車がほしい」。男気がおさまらず駆け回って外車の払下げに成功。
やがてプロの常備消防部ができ、自動車も二台に。
消防署長になって近代消防の基礎を築いたこの人は最後にポツリ。「もし、私に賞をもらうとりえがあるならば、生涯を火事と取り組んできた生きた体験だけです」と。
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他界するおよそ1年前の記事だが、読み返してみると伝え聞く料理の腕前から想像する人物像とは別の顔「消防」にかける思いの強さを感じることができた。そして昨日、私の母親がポツンと言った言葉を思い出す。「洋一さんは最後は何をやるんだろう」。

昨年妙高市の消防団長に就任した私の義兄。本日消防団の出初式、季節外れの雨空も雪に変わってきました、ご苦労様です。

2013年10月9日水曜日

残るものと残すもの(オリジナル料理を盛る器作り)

以前に「古代人の暮らしを体験するために、出土した土器を真似て粘土で作り、野焼きで焼き、自ら育てた古代米を当時を再現してふかして食べよう」。というワークショップに関わった事がある。
一言で「拘る」と言うけれども、これはどんな価値があるのだろうと感じていた。
昔を再現したいと思っても、たかが思いつきや通りすがりのワークショップでは触り程度のものにしかならない。そもそも今は昔とは違う。
後に残るものは、その時に興味を持ったことをやれるだけやったという達成感と思い出だけかもしれない、と。

ワークショップの対象が子どもだった場合に、それを導く大人(コーチ)が外してはならないものは何か?としばしば考える。
あくまでワークの完成度なのか、子どもの発想の邪魔をしない許容力なのか。
思いもしなかった花を咲かせ、素晴らしい実を実らせること。それが最高のゴールだとしたら寂しさを感じてしまう。むしろ、いつ芽が出るかも解らない不思議の種のバトンを手渡し続けている。そう思ったほうがよほど夢がある。
「何を残すのか」・・感動の思い出か、いつか芽が出る種か、関わる大人は常に真剣だと思う。

私は、料理とは単なる食べ物とは別の意味を持っているものだと思っている。
一つは器だ。
ただ空腹を満たし栄養を補給して、ついでに旨ければばいい程度のものは料理と言いがたい。料理とは文化、言い換えればバランスのとれた「美」ではないか。
色、香り、盛り付け、旬、物語、いろいろな美感を持ち得た食べ物であっても器に品(らしさ)が無ければ台なしになる。
何れも知識、技術、経験、勘(センス)、個性が伴うものだろう。ゆえにパーフェクトなど有り得ないものなのかもしれない。

そして、とうとう自分で作った器に自分の料理を盛りつけたらどうなるか?と考えた子ども達に、私は何ができるのか。
本当に未熟さを感じてしまう。


「自分達で育てた米(華麗舞)でスィーツを作ろう」というテーマ。まずは子どもたちが管理している田んぼを視察する。

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田んぼの素材を採取

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土や質感、また成形のテクニックより、絵による表現を提案。使い慣れない絵筆ではなく掻き落としを選ぶ

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華麗舞は米粒が長い。リアルな痕跡を残すため、器の裏に子どもたちの田んぼの草や実際に育てた米の後を付けた

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線に加えて塗りつぶしを生かすため80名分の道具を手作りする

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本番は石膏型で作った6寸皿の見込みに白化粧、掻き落とし

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乾燥中の作品

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子どもたちが考えた料理が食べ終わると、自分のアイディアが表れる。その味は果たして・・。