桃太郎という品種のトマトがある。
当市の大洞原(だいどうはら)という地域は過去に開拓地で、火山性の岩を掘り起こし、牛を飼って農地とし今やトマトの生産地としてこのあたりでは有名となった所。ここの農家の多くは夏秋(かしゅう)トマトと言い8月〜10月にかけて収穫するトマトを生産している。
日本人はトマトケチャップやカレー、トマトジュースなど喜んで食べる割にこれに使われる加工用(加工に向く)トマトを買ってきてソースを作る事は殆どない。よって、市場にも並ばずもっぱら大手メーカーの流通の範疇。私達の意識が薄くてももっともだ。
サンマルツァーノと言うイタリアでは原産地呼称の認定制度まであるブランドトマトは、加熱加工に向いていると言われている。ソースすると酸味のバランスが良く、水分が少なく種も気にならないために使いやすいのである。では、桃太郎は?
日本で市場に並ぶトマトはサラダとして生で食べる野菜という扱い。普段のスーパーで手に入るからと言ってこれをソースにするとどうなるか?
まず、しっかり熟しているとは言えないので味は薄かったり、味の濃いトマトを選んで求めるとかなり高額になる。そして種が固く多い、水っぽいので煮詰めるのに手間がかかる。期待に届かないのがおちではないか。
ここ数年、各地の農家とお付き合いが深まり生産地としての苦労が少しづつ解るようになってきた。例えば生食として販売できないトマトの存在。私なら直ぐに加工してしまえば、と思うがなかなかそう簡単にはいかない事も。現在加工品として直売所に並ぶものもあるが、飛ぶように売れるものでもなさそうである。
そこで、私なりに工夫してみた。
売れないものの殆どは、傷がついているか雨などの影響で割れたもの。決して味が悪いというものではない。むしろ色づくまで収穫しないこの地のトマトの旨さを持っている、という食材としての可能性を秘めるもの。
先ず蒸して芯まで加熱し、そこで出てきた透明に近いジュースは取っておいて別に煮詰める。皮を剥いてミキサーにかけた後は種を通さない程度の網で濾し、これも煮詰め濃縮のジュースと合わせる。
さて、ここまですると素晴らしい濃い味と甘みを持ったトマトピューレになる。
サンマルツァーノに比べると糖分はかなり多い。そのため、完熟桃太郎特有の味を持つオリジナルのソースということになる。
原材料コストはそれほどでもないが、ここまでの手間と、加工の時期が限られてしまう事から大量処理〜流通には向かないと思うがこれを逃してしまうのはあまりに勿体ないと、私は今年もたくさんのトマトを瓶詰め加工して一年の材料を確保した。
さて、実はここまで来るのに3年ほどかかった。冷凍保存という合理的とは言えない処理に変わる、瓶詰め保存に目を向けてからだ。メリットは沢山あってそれは別の機会にお話するが、今年作ったこの手間のかかるピューレの美味しさは特筆すべきものがあった。
酸味がキツイ場合は砂糖を入れてとか、その逆の時はとか、ガーリックは、ハーブは、オイルは・・などと手立てを尽くして旨くする必要が全く無く、ともかく元が美味しい。
そこそこの素材でも美味しくしてしまうことがプロのテクニックだと思うが、このトマトピューレは調理人は一歩さがるしかない。そう思わせられたこれに、私は今までなぜ、トマトソースはサンマルツァーノなどと決めつけていたのか。と愕然とさせられた。それになぜ一生懸命味をつけなければいけなかったのか、も。
この夏の加工品ラインナップ:左上から..ありもの野菜のピクルス、ラタトュイユ、濃縮トマトジュース、ホールトマト、サルサ・ポモドーロ、トマトピューレ
弁明的に言うと、一般のレストランではコストや時間が掛けられず、入手経路や人のネットワーク、開発環境そういったものが整えきれなかった。これから私が工夫すべきはこの美味しさや価値をいかにして多くの人に伝えていけるかということだろう。
与えられたものしか選べないのでは寂しすぎる。
課題を見つけ工夫ができる環境こそが素晴らしいことなのだ。・・再びそう思った。