2014年6月25日水曜日

大抵の人が気付かないことは本当の美味しさと言えるのだろうか

毎年行っている地元素材の焼きもの。今年度は「小濁焼講座」として実施している。
焼けるかどうかも解らない、どんな色かも解らない、焼いてみないと解らない材料を集めてきて失敗も含めて楽しんでいる。
いや、多くの失敗の中から成功を探す作業。失敗すらも成功にしてしまう作業と言ってもいい。(小濁焼講座2014:土研究その2(結果)と釉研究報告

プロは失敗は許されないとよく言われるが、思い通りの焼きものをこの条件で作るにはかなりの危ない橋を避けまくって通るか、割りきって成功率を1%でも上げていく様々な経験を積んでいくしか無い。・・の世界。

私はこんな葛藤の中でのものづくりが大好きで、それを乗り越えると必ず至福を味わえる時間がやってくる。私にとってはこれが正に美味しい経験なのだ。


皆さんはどうなのか?と思う。
本焼きして10%しか縮まない新しい土を見つけて感動すること。
あの時味わった猪の骨で安定した乳濁が起きた釉の美しさに見とれること。
さらにこれらで作った器で料理を盛りつけた時の喜びなど・・。

こんな価値を共有できるには実体験しか無いだろう。だから皆んなで一緒にやりたい、に繋がるのだろう。
大抵の人が気付かないことは本当の美味しさと言えないのかもしれない。
しかし分野は違っても同じような経験をもっている人に逢うと何か通じるものがある。そんな人ならこの美味しさをきっと解ってもらえると思う。

2014年5月27日火曜日

今自分はどこに立っているか。地域の祝の宴席料理作りで

例えば日本料理とか、フランス料理とかに拘り、昔ながらの料理法や食材に囚われるがあまり、決めつけたものしか作ろうとしないとしたとしたらそれはプロとして怠慢な事だと思う。
出汁のとりかた、魚の捌き方、材料の組み合わせ・・。新しいものを取り入れる事ばかり先行して、食材や料理法、スタイルをとっかえひっかえにアレンジして気を引くだけの料理だったり、形や盛り付けを工夫するばかり中身とのバランスに欠く料理。これらは、頭が作ってしまった料理だ。

料理を食べるのは人で、食材は土から生まれてくる。
食べ物は美味しいものであって、その美味しさをどうやったらもっと引き寄せられるか。
それを料理と呼ぶのではないだろうか。
当たり前の事だが、旨いと感じさせるもので伏せ込んでしまった物は食べ物であっても料理では無い。料理の模造品と呼ぶべきか。

食べる行為は正にリアルで、過去の経験や記憶もひっくるめてその場所、その瞬間に身体と一体化するもので、そこにある殆どのものは「美味しい」という感覚に集約される。
どうやって料理されたか、何という料理か、一瞬のうちに吹き飛んでしまうほど、美味しくなければどんな工夫も意味を失ってしまう。

相撲や剣道が試合の始めに蹲踞(そんきょ)という姿勢をとるが、私は料理にとりその蹲踞にあたる部分が地域だと思う。
これからどんな試合運びをするか、心をリセットしてその瞬間からスタートするのである。地域のコアは自分だと思っている。自分と周囲との関係、そして何処までが地域かはそれぞれの持つ性格やアイデンティティによるものではないか。
広ければいいというものでも無いし、勝手に区切ってしまうものでもない。

学ぶこと、経験すること、挑戦すること、それぞれ大切な事だが、失ってならない事は今自分が何処に立って何によって生かされているか、生かされて来たかを感じる事である。
人や自然との関わりがあって、その土地の文化があって、その事を忘れて何の美も生まれてこない。
それが私のやりかたである。未熟で完成することなど有り得ない。
それは地域というものに限りが無いからだ。

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豆腐をウワミズザクラの塩漬けと生ハムで巻く

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弁当箱は北陸にご縁の方より受け継いだもの

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旬のもの、地元のものが全てではない

ゆかたはた・あざはた

新潟の海では決して採れない魚だって私の地域

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器を焼くところから料理に向かうことは表現の一つ

2014年4月23日水曜日

おいしいものと食べれるものの境

他に食べるものがあればわざわざ食べる事も無いのだけど、道すがら「あ、なんか食べてみようかな〜」って思ったものを口に入れる暮し。

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きっと気持ちに余裕が無いとやらないし、歩くことすらしなくなっているとそんな感覚も鈍ってしまう。
こんな価値観も失われていってしまう。
そんな気がする。

このフキノトウを食べる時、山で食べ方を教えてくれた数名の人の顔と、その場所を思い出す。
「おいしい」が伝えるものはいろいろなんです。

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2014年1月4日土曜日

村越惣次郎の思いは「消防」。人生の節目に見つけた祖父の生きざま

シーズンオフの身辺整理を気取って、過去2年間の仕事と市民活動10年で溜まった資料の整理をしながら新たなフォーマットを作っている。

新洋軒という店を閉店したのが2001年。なんぶルネサンスを創設したのが3年後の2004年、同時に市内の片田舎楡島の旧保育園でねおかんぱーにゅ南部を始める。
5年後の2009年小濁に拠点を持つ。それがアルネ小濁でキルンパークの建設が始まる。
平成25年度(現年度)は、なんぶルネサンス10周年になる。年齢で言えば10歳。私は50歳を迎えていたが、この年にスタートした「復興鈴」と「水と薪学園」はこれまでの活動の集大成だった。

10代=音楽、20代=料理、30代=コンピュータ、40代=やきもの・・10年周期の活動の変遷である。
やきものと並行した市民活動の10年間は世間の注目も大きかった。避けてあった新聞の切り抜きをファイリングするとおよそ100件になり、その他にテレビ等の取材や執筆もあるので、ならせば1ヶ月に一度はマスコミに取り上げてもらったことになる。

店をやっていいた頃は地方紙のグルメ取材はたまにあったが、さらに昔メディアの数も乏しい頃に撮ってもらった祖父のこの写真はさぞかし貴重だったに違いない。
子どもの私にはいつもこの笑顔を向けてくれていたが、職人気質の祖父はたいへん怖い親方だったらしい。

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祖父 村越惣次郎は、昭和47年(西暦1972年)の「広報あらい」の取材を受けていてその時の写真と聞いていたが、その原本を昨日の片付け中に発見し記事に目をとおすことができた。
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『消防ってのは私の生命でさぁ』 -- 村越 惣次郎さん(73)

火事のサイレンが鳴ると同時に店員も奥さんも走る。裏へ、座敷へ。あたふたと消防服を着終わる頃には、自転車も長靴も出勤準備完了。
「天皇陛下から勲章をいただくとき、感激して涙がでて困りました。古い人間なんでしょうか」
大正八年。徴兵検査で第二乙種合格「つまりお前は兵隊にはなれないということ」「肋膜でしたが、つらかったです。でも、戦争はいやでした。なんとか男としてやれる仕事はないか」と、男の名誉をかけて消防組へ入れてもらった。
バレンとトビ口で火を消す破壊消防から手あおりポンプへ。
蒸気ポンプは火事場へすっ飛ぶ道中、石炭をたいた。「南風に火の粉を飛ばしてね」。
静かな語りから手先が大きく揺れる。若い頃の血がうずくのか、パッパッパッとテンポの早い語りになってくる。
肉屋へ小僧奉公したこのが十四歳のとき。年俸十円也。二年後、洋食に魅せられて横浜へ。酒もたしなまず、馬車馬のようにかせいだ。
二十二歳のとき店をもった。「建物にペンキを塗ったら見物にきたほどです。トンカツ二十五銭、コーヒー五銭でした。」
ハイカラ青年は班長から副団長へ。新井の消防の歴史にずっとこの人の名がでてくる。
町役場にトラック一台しかない終戦直後「消防自動車がほしい」。男気がおさまらず駆け回って外車の払下げに成功。
やがてプロの常備消防部ができ、自動車も二台に。
消防署長になって近代消防の基礎を築いたこの人は最後にポツリ。「もし、私に賞をもらうとりえがあるならば、生涯を火事と取り組んできた生きた体験だけです」と。
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他界するおよそ1年前の記事だが、読み返してみると伝え聞く料理の腕前から想像する人物像とは別の顔「消防」にかける思いの強さを感じることができた。そして昨日、私の母親がポツンと言った言葉を思い出す。「洋一さんは最後は何をやるんだろう」。

昨年妙高市の消防団長に就任した私の義兄。本日消防団の出初式、季節外れの雨空も雪に変わってきました、ご苦労様です。

2013年10月9日水曜日

残るものと残すもの(オリジナル料理を盛る器作り)

以前に「古代人の暮らしを体験するために、出土した土器を真似て粘土で作り、野焼きで焼き、自ら育てた古代米を当時を再現してふかして食べよう」。というワークショップに関わった事がある。
一言で「拘る」と言うけれども、これはどんな価値があるのだろうと感じていた。
昔を再現したいと思っても、たかが思いつきや通りすがりのワークショップでは触り程度のものにしかならない。そもそも今は昔とは違う。
後に残るものは、その時に興味を持ったことをやれるだけやったという達成感と思い出だけかもしれない、と。

ワークショップの対象が子どもだった場合に、それを導く大人(コーチ)が外してはならないものは何か?としばしば考える。
あくまでワークの完成度なのか、子どもの発想の邪魔をしない許容力なのか。
思いもしなかった花を咲かせ、素晴らしい実を実らせること。それが最高のゴールだとしたら寂しさを感じてしまう。むしろ、いつ芽が出るかも解らない不思議の種のバトンを手渡し続けている。そう思ったほうがよほど夢がある。
「何を残すのか」・・感動の思い出か、いつか芽が出る種か、関わる大人は常に真剣だと思う。

私は、料理とは単なる食べ物とは別の意味を持っているものだと思っている。
一つは器だ。
ただ空腹を満たし栄養を補給して、ついでに旨ければばいい程度のものは料理と言いがたい。料理とは文化、言い換えればバランスのとれた「美」ではないか。
色、香り、盛り付け、旬、物語、いろいろな美感を持ち得た食べ物であっても器に品(らしさ)が無ければ台なしになる。
何れも知識、技術、経験、勘(センス)、個性が伴うものだろう。ゆえにパーフェクトなど有り得ないものなのかもしれない。

そして、とうとう自分で作った器に自分の料理を盛りつけたらどうなるか?と考えた子ども達に、私は何ができるのか。
本当に未熟さを感じてしまう。


「自分達で育てた米(華麗舞)でスィーツを作ろう」というテーマ。まずは子どもたちが管理している田んぼを視察する。

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田んぼの素材を採取

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土や質感、また成形のテクニックより、絵による表現を提案。使い慣れない絵筆ではなく掻き落としを選ぶ

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華麗舞は米粒が長い。リアルな痕跡を残すため、器の裏に子どもたちの田んぼの草や実際に育てた米の後を付けた

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線に加えて塗りつぶしを生かすため80名分の道具を手作りする

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本番は石膏型で作った6寸皿の見込みに白化粧、掻き落とし

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乾燥中の作品

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子どもたちが考えた料理が食べ終わると、自分のアイディアが表れる。その味は果たして・・。

2013年9月13日金曜日

工夫できる環境がボ~ノ!身近なトマトが教えてくれたこと

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桃太郎という品種のトマトがある。
当市の大洞原(だいどうはら)という地域は過去に開拓地で、火山性の岩を掘り起こし、牛を飼って農地とし今やトマトの生産地としてこのあたりでは有名となった所。ここの農家の多くは夏秋(かしゅう)トマトと言い8月〜10月にかけて収穫するトマトを生産している。

日本人はトマトケチャップやカレー、トマトジュースなど喜んで食べる割にこれに使われる加工用(加工に向く)トマトを買ってきてソースを作る事は殆どない。よって、市場にも並ばずもっぱら大手メーカーの流通の範疇。私達の意識が薄くてももっともだ。

サンマルツァーノと言うイタリアでは原産地呼称の認定制度まであるブランドトマトは、加熱加工に向いていると言われている。ソースすると酸味のバランスが良く、水分が少なく種も気にならないために使いやすいのである。では、桃太郎は?

日本で市場に並ぶトマトはサラダとして生で食べる野菜という扱い。普段のスーパーで手に入るからと言ってこれをソースにするとどうなるか?
まず、しっかり熟しているとは言えないので味は薄かったり、味の濃いトマトを選んで求めるとかなり高額になる。そして種が固く多い、水っぽいので煮詰めるのに手間がかかる。期待に届かないのがおちではないか。

ここ数年、各地の農家とお付き合いが深まり生産地としての苦労が少しづつ解るようになってきた。例えば生食として販売できないトマトの存在。私なら直ぐに加工してしまえば、と思うがなかなかそう簡単にはいかない事も。現在加工品として直売所に並ぶものもあるが、飛ぶように売れるものでもなさそうである。
そこで、私なりに工夫してみた。

売れないものの殆どは、傷がついているか雨などの影響で割れたもの。決して味が悪いというものではない。むしろ色づくまで収穫しないこの地のトマトの旨さを持っている、という食材としての可能性を秘めるもの。
先ず蒸して芯まで加熱し、そこで出てきた透明に近いジュースは取っておいて別に煮詰める。皮を剥いてミキサーにかけた後は種を通さない程度の網で濾し、これも煮詰め濃縮のジュースと合わせる。
さて、ここまですると素晴らしい濃い味と甘みを持ったトマトピューレになる。
サンマルツァーノに比べると糖分はかなり多い。そのため、完熟桃太郎特有の味を持つオリジナルのソースということになる。

http://farm3.staticflickr.com/2857/9735448154_8a6876a1e4.jpg サルサ・ポモドーロ

原材料コストはそれほどでもないが、ここまでの手間と、加工の時期が限られてしまう事から大量処理〜流通には向かないと思うがこれを逃してしまうのはあまりに勿体ないと、私は今年もたくさんのトマトを瓶詰め加工して一年の材料を確保した。

さて、実はここまで来るのに3年ほどかかった。冷凍保存という合理的とは言えない処理に変わる、瓶詰め保存に目を向けてからだ。メリットは沢山あってそれは別の機会にお話するが、今年作ったこの手間のかかるピューレの美味しさは特筆すべきものがあった。
酸味がキツイ場合は砂糖を入れてとか、その逆の時はとか、ガーリックは、ハーブは、オイルは・・などと手立てを尽くして旨くする必要が全く無く、ともかく元が美味しい。
そこそこの素材でも美味しくしてしまうことがプロのテクニックだと思うが、このトマトピューレは調理人は一歩さがるしかない。そう思わせられたこれに、私は今までなぜ、トマトソースはサンマルツァーノなどと決めつけていたのか。と愕然とさせられた。それになぜ一生懸命味をつけなければいけなかったのか、も。

http://farm6.staticflickr.com/5491/9735434546_1ab1a968d9_n.jpg この夏の加工品ラインナップ:左上から..ありもの野菜のピクルス、ラタトュイユ、濃縮トマトジュース、ホールトマト、サルサ・ポモドーロ、トマトピューレ

弁明的に言うと、一般のレストランではコストや時間が掛けられず、入手経路や人のネットワーク、開発環境そういったものが整えきれなかった。これから私が工夫すべきはこの美味しさや価値をいかにして多くの人に伝えていけるかということだろう。
与えられたものしか選べないのでは寂しすぎる。
課題を見つけ工夫ができる環境こそが素晴らしいことなのだ。・・再びそう思った。

http://farm3.staticflickr.com/2866/9735433348_5f1a140988_n.jpg この夏のストック

2013年9月3日火曜日

地域発信はそこに住む人の役目(夏野菜のイタリア料理講座)

季節の野菜が美味しくないはずがない。春の山菜、夏のスイカやトマト、秋の新米、冬の根菜類。

大地は季節季節に身体に必要な食べ物を与えてくれる。

(h25)8月28日の講座のテーマは「夏野菜のイタリア料理」だ。
講座の冒頭、受講者を前に「皆さんはきっと今日、夏野菜のパスタとトマトのピザを作ると思われたでしょ?」・・私の一言に笑いがこぼれる。

イタリア料理のイメージといったら赤いトマトソースに、オリーブオイル、アルデンテのパスタにとろ〜りチーズのピッツァかもしれない、でもそれでは食としての限界がある。
一歩進んで、イタリア的な調味料や材料の扱い方、コースの流れ、イタリアらしい食べ方、即ち食文化を知っていただこうと思った。
今回は農村の地域リーダーのための研修である。
なにせイタリアは「スローフード」の発祥の地。スローフード運動を起こしたイタリア人の食の考え方は日本の地方でも活かされるに違いない。

アンティパスト(Antipasto 前菜)〜プリモ・ピアット(Primopiatto 最初の皿)〜セコンド・ピアット(Secondpiatto メインディッシュ)〜ドルチェ(Dolce デザート)

このコースのそれぞれにどんな特徴のある材料が使われ、どんな料理があるかを知るだけでもイタリアの食文化に迫ることができる。
そして、本場のイタリアの食材に触れてそれを認めるだけではなく、自分の生活に密着した食材や文化と融合させていくこと。そして新しい文化を発信していくことが地域の一人一人の役目なのだと思う。
料理に限らず、その土地の特性を活かすことは、その地域に住み、そこで生活を営む者にしか出来ないことだ。
なぜ?
今あなたの家に置いてあるお気に入りの家具。朝日の当たる数分だけ、水槽のプリズムがその家具と素敵なコーディネートを見せてくれたとしても、それをあなたが紹介しなかったら誰がしてくれるだろう。

 

「上越地域野菜のイタリア料理コース」
(パン)コーン入りフォカッチャ/おひさまコーンは生食もできる甘みの強い品種。フォカッチャに使うとレーズンのようなアクセントが面白い

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(アンティパスト)サラダ茄子とプロシュート/パルミジャーノ・レジャーノ、イタリアの生ハムにフルーティな水茄子のオリーブオイル漬けを組み合わせた。

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(プリモピアット)米粉のニョッキ 海老とトマトのソースで/市内で生産されている微粉米粉とじゃがいものニョッキ。有頭の海老で味を出しプチトマトや白ワインと共にアクアパッツァの要領で濃厚なソースに仕上げる。

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(セコンドピアット)イノシシの煮込み越の丸ナス、四角豆、カラーピーマン添え

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(ドルチェ)カボチャのジェラート、ココナッツのガレット添え

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