2014年11月11日火曜日

早いのではない、合ってないのだ。合わないのではない、合わせられないのだ

私の最大の弱点は、時代の不適合なのかもしれない。
二十歳代のそこそこで田舎のレストランのシェフになり、三十歳前にして職業訓練校の指導員として料理を教えていた。
田舎に来てから、自分の裁量でメニューを作れるようになり、田舎の食習慣とギャップを感じながら食材を必死で探した。
修行当時、ハーブなんてものは乾燥品しか無く、東京にも希少だった。
勿論インターネットなど無い時代。肉、魚、野菜・・外国の食材や地元で手に入らない材料、調理器具の情報は専門誌、しかも田舎にそんな本屋さんが有るわけもなく、数ヶ月に一度、夜行で東京に行っては三省堂や合羽橋でお小遣いの買える範囲で求めた。外国人の写っている料理の写真なんてドキドキしながら読んだものだ。

私は常に無いものに興味を持ち続けていた。
ハーブは種を蒔いて育て、そこで始めてフレッシュハーブの味を知ったり、畑でもなんでもやれる事は全て試した。燻製や腸詰めもホテル時代に扱っていた美味しい味の記憶を頼りに自作した。

スパイスやハーブ、ビネガー、チーズ、オイル。私の得意分野だが、それは勉強によって知り、自分の足と舌で覚えたものだ。
憧れが先立ち、フランスで味わったものや、後に市場に出回るようになり、始めて自分以外の人が作ったものを口にする料理も少なくなかった。
ガトーやパンにはそんなものが沢山あった。
本で得た知識を自分で再現し、そこに美味しさを発見し、後になって本物と出逢う。
私の人生はそんなものばかりだ。

40代には、人が離れようとしていた郷土料理や地元の古い食文化を徹底的に学び、それまで持っていたコンプレックスを解消した。

私が良いと思って真剣に追求している頃、回りの殆どの人はそれを知らないか認めず、興味を持つ人が稀。
ハーブの素晴らしさを知って広めている頃、ずいぶん「臭い」と言って嫌われた。
スパイスの効いた料理を作ると「薬のようだ」と言われた。
ミントやシナモン、ブルーチーズの匂いを嫌がられ、私はモノ好きのように思われていたかもしれない。

つい先日、子どものピザ作りで採れたてのバジルを用意してあげたら「いい匂い〜」と大喜び。
なんて時代は変わったのかと思った。
嬉しい半面、私の身体に染み付いてしまった、いいと思うものを素直に表現出来ない遠慮っぽい料理は、この地にいる限り抜けることは無いのだろうと思う。遠の過去にとっくにやってきたことを、今の人に対し「ようやく分かってきたんですね」的なスタンスにうんざりなのだ。
ヨーロッパにでも移住すれば、なんの戸惑いもなく自分が自分でいられるだろう。とすら思う。

私は無いものを探し続ける。外にも、内にも、課題は沢山あるから飽きることは無いし、困難は乗り越えるしその都度新たな興味が出てくる。
そして私と周囲の距離はいつまでも縮まることは無い。

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